【京都府】 石清水八幡宮

社格・旧官幣大社 勅祭社 別表神社

二十二社 神仏霊場 京都一番霊場

御鎮座・京都府八幡市八幡高坊30

御祭神

中御前・応神天皇(おうじんてんのう)

西御前・比咩大神(ひめおおかみ

東御前・神功皇后(じんぐうこうごう)

例祭 9月15日(石清水祭)

 

*下院・武内社などは参拝できていないのでご了承下さいませ。

 

石清水八幡宮

男山は都からみて裏鬼門(南西の方角)に位置し、鬼門(北東の方角)に位置する比叡山延暦寺とともに都の守護、国家鎮護の社として篤い崇敬を受けてきました。

この経済上、政治上、そして信仰上の要の地に御鎮座され、日本を平和と繁栄に導く神として多くの人々に崇敬され、八幡大神様を祀る神社は全国津々浦々に数万社あるともいわれています。当宮の御祭神は御本殿中央に応神天皇様、西に比咩大神様、東に神功皇后様をお祀りしています。この御本殿に鎮まる三座の神々を総称して八幡三所大神(八幡大神)と称します。

 

 

御由緒

平安時代始め、清和天皇の貞観元(859)年、南都大安寺の僧・行教和尚は豊前国(現・大分県)宇佐八幡宮にこもり日夜熱祷を捧げ、八幡大神様の「吾れ都近き男山の峯に移座して国家を鎮護せん」との御託宣を蒙り、同年男山の峯に御神霊を御奉安申し上げたのが当宮の起源です。そして朝廷は翌貞観2(860)年、同所に八幡造(はちまんづくり)の社殿(六宇の宝殿[ろくうのほうでん])を造営し、43日に御遷座されました。

天慶2(939)年に起こった平将門・藤原純友の乱の折には、朝廷よりご請願があり八幡大神様の御神威をもって速やかに平定されて以来、国家鎮護の社として皇室の御崇敬は益々厚いものとなり、 天皇の行幸や上皇の御幸は、円融天皇(64)の行幸以来、実に240余度にも及び、伊勢の神宮に次ぐ第二の宗廟とも称されました。

 

明治の初めには官幣大社に列せられ、「男山八幡宮」と改称されましたが、「石清水」の社号は創建以来の由緒深い社号であるため、大正7年には再び「石清水八幡宮」と改称され現在に至ります。

石清水八幡宮より

 

 

南総門と総門手前左手に祀られている竈神殿

 

 

 

南総門を抜けると正面に本社殿が姿を見せます。

 

 

 

石清水八幡宮本社の社殿は、寛永111634)年に造替されました。

社殿は「八幡造」と呼ばれる独特の構造で、楼門から奥へと舞殿・弊殿・本殿が続き、いずれも国の重要文化財に指定されていましたが、平成2829日「石清水八幡宮本社」を含む10棟が正式に国宝に指定されました。

 

 

鬼門封じ

牛の角を持ち、虎の皮を身にまとった鬼が来るといわれる丑寅の方角「鬼門」(東北)を封じるために、社殿の石垣を切り取った造りになっています。

 

 

本殿裏手の気比社と水若宮社

 

 

 

若宮殿社と若宮社

 

 

北総門と境内社

 

 

校倉

築地内北西隅に位置する校倉(宝蔵)は、建築年代が明確ではありませんが、文書や絵図などには江戸時代中期から存在し、類例の少ない校倉建築として、平成21年3月に石清水社・石清水井とともに京都府より文化財の指定をうけました。

 

 

【御朱印】

御朱印は境内右手の授与所で拝受することができます。

初穂料は各300円

また、当宮にはオリジナル御朱印帳の用意もあります。

 

 

画像下は摂社・武内社と高良神社の御朱印

 

 

 

オリジナル御朱印帳

 

 

石清水八幡宮アクセス

所在地 京都府八幡市八幡高坊30

最寄駅 京阪電車「八幡市駅」~男山ケーブル「男山山上駅」 下車徒歩5分

URL http://www.iwashimizu.or.jp/access/

乗り換え案内 http://www.jorudan.co.jp/norikae/