【京都府】 松尾大社

社格・旧官幣大社

式内社(明神大)二十二社

別表神社

御鎮座・京都市西京区嵐山宮町3

御祭神

大山咋神(おおやまくひのかみ)

中津島姫命(なかつしまひめのみこと)

例祭  4月2日

 

松尾大社

京都市西部、四条通西端に位置し、東端の八坂神社(祇園社)と対峙して鎮座する。元来は松尾山(標高223メートル)に残る磐座での祭祀に始まるとされ、大宝元年(701年)に文武天皇の勅命を賜わった秦忌寸都理(はたのいみきとり)が勧請して社殿を設けたといわれる。その後も秦氏(はたうじ)により氏神として奉斎され、平安京遷都後は東の賀茂神社(賀茂別雷神社・賀茂御祖神社)とともに「東の厳神、西の猛霊」と並び称され[1]、西の王城鎮護社に位置づけられた。中世以降は酒の神としても信仰され、現在においても醸造家からの信仰の篤い神社である。

境内は、神体の松尾山の麓に位置する。本殿は室町時代の造営で、全国でも類例の少ない両流造であり国の重要文化財に指定されている。また多くの神像を有することでも知られ、男神像2躯・女神像1躯の計3躯が国の重要文化財に、ほか16躯が京都府指定有形文化財に指定されている。そのほか、神使を亀とすることでも知られる。

 

 

大鳥居と参道

 

 

楼門

江戸時代初期に造られたもので、随神の周囲に張り巡らせた金網には、たくさんの杓子がさしてありますが、これはよろずの願い事を記して掲げておけば救われると言う信仰に依るもので、いわば祈願杓子とも言われております。

 

 

 

手水舎の吐水亀

 

 

拝殿

楼門、中門、回廊と共に江戸初期に造営されたものです。

 

 

拝所、中門、回廊、本殿からなる社殿群

御本殿は大宝元年(701)、秦忌寸都理(はたのいみきとり)が勅命を奉じて創建以来、皇室や幕府の手で改築され、現在のものは室町初期の応永四年(1397)の建造にかかり、天文11年(1542)大修理を施したものです。

 

 

境内南末社

南末社には、衣手社・一挙社・金刀比羅社・祖霊社が祀られています。

境内には他に北末社があり三之宮社・四大神社が祀られています。

 

 

 

 

有料になりますが、画像下中央の社殿が宝物館になります。館内には、非常に珍しい木彫りの古代神像がご安置されています。(撮影不可)

 

 

滝御前

社殿の背後の松尾山を含む約十二万坪が境内で、その全域が風致地区に指定され大部分が古都保存法の特別地区になっています。松尾山は別雷山(わけいかづちのやま)とも称し、七つの谷に分かれていますが、社務所の裏の渓流を御手洗川と称し、四時涸れることのない霊亀の滝がかかっています。この渓谷の北にある谷が大杉谷と称するもので、その急坂を登ると頂上近くの斜面に巨大な岩石があります。 これが古代の磐座(いわくら)であって、古記録に日崎の峯とか鎮座場と称し社殿祭祀以前に当社の神を祀っていた所です。 

古記によれば、元正天皇の和銅7年8月、この谷より『首に三台(三つの星)をいただき、背に七星を負い、前足に離の卦を顕わし、後足に一支あり尾に緑毛・金色毛の雑った長さ八寸の亀』が現れ、左京の人が神主と共に朝廷に参上したところ、嘉瑞なりとして霊亀と改元せられ、亀は再び元々の谷に放たれたと言う言われがあります。 また聖武天皇の天平元年には、この谷から背中に『天王貴平知百年』の文字を顕わした亀が出たので、秦都理が朝廷に献じたところ、天皇の御感斜ならず、奉幣使を立てて神恩を謝せられたと伝えています。

 

 

神輿庫

 

酒の神を祀る神社だけに、神輿庫にも大量のお神酒が奉納されています。

 

 

【御朱印】

境内右手の授与所で拝受することができます。

初穂料は300円

当神社にはオリジナル御朱印帳の用意もあります。

 

 

オリジナル御朱印帳

 

 

松尾大社アクセス

所在地 京都市西京区嵐山宮町3

最寄駅 阪急電車「松尾大社」駅下車

URL http://www.matsunoo.or.jp/access/

乗り換え案内 http://www.jorudan.co.jp/norikae/