【群馬県】 世良田東照宮

社格 旧郷社

御鎮座 群馬県太田市世良田町3119-

御祭神

東照大権現(徳川家康公)

例祭  4月17日

葵祭り 4月第一日曜日

 

徳川家康公の先祖は、新田氏の始祖である義重から新田荘の内、当地「世良田」他5カ郷を譲り受けた子の義季である。義季は5カ郷内にある利根川沿いの押切を徳川と改称し、徳川義季と称した。承久3年(1221)世良田郷を開発した義季は臨済宗長楽寺を開基し、世良田の義季とも称された。寛元4年(1246)頃、亡くなり同寺境内に葬られた。その後、頼氏・教氏・家時・満義と後継。 次の政義・親季・有親は、南北朝時代に南朝方として活躍したが、9代目の親氏に至り北朝の猛勢により徳川郷を追われ同志や一族の居所を頼りに出国。諸国を流浪の後、松平郷に身をよせ郷主在原信重に入婿し、松平親氏と称した。 それから7代を経て家康公は誕生した。家康公は三河一国を統一した25歳の時、松平姓から 徳川・世良田を開発した徳川義季にあやかり、徳川に復姓した。

また松平家二代泰親は世良田三河守、同三代信光は世良田二郎三郎、同七代清康は世良田次郎三郎、家康公第四子忠吉は世良田下野守、尾張家三代綱誠は元服時に世良田、徳川七代将軍家継は幼名時に世良田鍋松君と先祖の姓である世良田を称していた。

寛永16年(1639)天海大僧正は徳川家康公から御下命されていた長楽寺を臨済宗から天台宗へ改宗復興。三代将軍家光公は先祖の遺徳と当地方の守護神として、二代将軍秀忠公造営の日光東照宮奥社(神廟=多宝塔・唐門・拝殿)を移築。本殿は新築し、東照宮を勧請された。同21年(16441011日には正遷宮が盛大に斎行され、同年12月には群馬県下の神社でも高禄の200石の御朱印が寄せられた。以後、大小15回による社殿の修復は幕府の財政により賄われて来、世に 「お江戸見たけりゃ世良田へござれ・・・」と俗謡を生ん

東照宮HPより

 

 

御黒門と復元された上番所跡。

御黒門は別称で「縁結び門」とも云われています。

 

 

拝殿(重要文化財)

日光東照宮奥社拝殿として元和年間(1615~1623) に造営され、寛永17年(1640)~同19年に当地、徳川氏発祥の地「世良田」へ移築された。設計施工 中井大和守正清の最後の作ともいわれ、桃山時代の特色をよく表している。

 

 

唐門(重要文化財)

拝殿移築時に日光東照宮奥社神廟前にあった門を移築。門に付随し透塀が本殿を一周している。

 

 

御本殿(重要文化財)

 

 

本殿は創建時に造営されたものです。

 

 

古くから世良田の地に鎮座する開運稲荷神社。(拝殿向かって左)

 

 

燈籠と御供水井戸

元和4年(1618)総社藩主秋元越中守長朝の命により造られた、高さ4.95mの当時とすると 日本一大きい鉄燈籠。明暦4年(1658)当宮へ奉納される。

 

御供水井戸は御宮へお供えする水を汲み用いた井戸。平成15年に再建。 

 

 

宝蔵庫(旧安泰殿)

昭和21年(1946)、世良田小学校校庭内にあった奉安殿の撤去に伴い宝蔵庫として東照宮境内に移築したものです。

 

 

境内は広く、見所も多いお宮かと思います。拝所から内側の拝殿・唐門・本殿を参拝するには入苑料がかかります。また、拝殿横には宝物殿があり、当時の書状や武具なども展示されているので見て欲しい。

 

当宮、宝物は↓↓↓から。

http://www.net-you.com/toshogu/houmotsu.html

 

 

【御朱印】

御朱印は境内右手の授与所で拝受することができます。

初穂料は300円

また、当宮にはオリジナル御朱印帳の用意もあります。

 

 

オリジナル御朱印帳

三色頒布されています。

 

 

世良田東照宮アクセス

所在地 群馬県太田市世良田町3119-

最寄駅 東武伊勢崎線   世良田駅から徒歩で20分(無料レンタルサイクル有り)

URL http://www.net-you.com/toshogu/kankoh.html