【神奈川県】 海南神社

社格・旧郷社

御鎮座・神奈川県三浦市三崎4丁目12-11

御祭神・藤原資盈公(ふじわらすけみつこう)

例祭  7月18・19日

 

御祭神・藤原資盈公は、天児屋根之命之の苗裔である。九州太宰少弐広嗣の五代の孫に当り、五十六代・清和天皇の御宇、皇位継承争いに関係した伴大納言善男の謀挙に荷担しなかった為、讒訴で追討の罪を蒙って筑紫の配所に航する途中、暴風に遭遇して貞観六年(864年)111日父子三人、郎党五十三人は当地に着岸した。(公の嫡男の船は房総半島に着岸し、現在の鉈切大明神は資盈公の嫡子を祀ると伝えられる。)

その後、資盈公は土地の長に推戴され、房総の海賊を平定し、郷民を教化して特に漁業の知を開き、文化の礎を築くなど福祉に努力したので、郷民の尊崇の念も篤く、貞観八年(八六六)に公が歿すると、その亡骸を海に沈め、祠を花暮海岸に建立して祀った。

その後、承応二年(1653年)3月、正一位(吉田家神道の宗源宣旨)に進められ、享保4年(1719年)三浦半島の総鎮守となる。明治6年郷社に列し、同40年神饌幣帛料共進神社に指定された。

 

 

社頭の鳥居を抜けるすぐ御霊神社と疱瘡神社が祀られています。

 

 

少し進むと手水舎があり、その傍らには福徳稲荷と御神木がそびえ立っています。

この御神木は頼朝公手植えと伝えられ雌雄の二株が保存されている。乳根のある方に乳の足りない女が祈りをこめて触れると乳が出るようになるといわれている。

 

 

手水舎付近の境内画像

 

 

拝殿

 

 

入母屋造りの拝殿、切妻造りの幣殿、神明造りの本殿は神奈川県の重要文化財に指定されています。

 

 

御本殿

 

 

拝殿向かって右手に祀られている相州海南高家神社。

 

 

 

相州海南高家神社は祭神磐鹿六雁命は日本書紀第十二代景行天皇が悲劇的な最期を遂げた日本武尊、東征の跡を偲んで、三浦半島から安房上総に巡行された時、天皇の料理賄方を司った神様で、後に宮中にあって大膳職の長となり、わが国における料理の祖神として食にかかわる人々に崇められています。

 

 

最後になりますが、御馬社と神楽殿。

神楽殿にはには日本神話の額が掲げられています。 

 

 

 

【御朱印】

御朱印は社頭右手にある授与所で拝受することができます。

初穂料は各300円

 

 

相州海南高家神社御朱印

 

 

海南神社アクセス

所在地 神奈川県三浦市三崎4丁目12-11

最寄駅 京急「三崎口駅」下車 バス/三崎港行20分/終点下車 

URL http://www.kanagawa-jinja.or.jp/search_dtl.php4?jid=461&cd=1205074&scd=&npg=0