【岐阜県】飛騨山王宮・日枝神社

社格・旧県社

御鎮座・岐阜県高山市 城山156

御祭神・大山咋神(おおやまくいのかみ)

日枝神社の例祭(山王祭)は、秋に行われる桜山八幡宮の例祭とともに高山祭りとして知られています。

例祭4月14、15日

 

《御由緒》

遠く永治元年(1141)、時の飛騨守時輔朝臣が、ある日片野山中で狩りに出て、奇瑞のことがあったので、その城をかまえていた石光山(今の高山市片野地内)に近江の日吉大神を勧請して、城の鎮護としたのがはじまりである。

その後、四代目景家の時、養和元年(1181)正月、源義仲の部将手塚光盛に攻められ、利あらずして敗亡、社殿も兵火にかかって消失したが、幸いにして御霊体は災禍をまぬがれ無事奉安することができ、里人によって社殿は再興され、片野村の産土神として奉祀されていた。(今、この地を「元山王」とよんでいる。)

幾多の年月を経て天正13年(1585)、金森長近父子が豊臣秀吉の命によって飛騨へ入国、諸将を平らげて国内を統一し、国守に封ぜられて、同14年、城を天神山(今の城山)に築いた。

金森氏の祖は近江国で、代々日枝大神の崇敬が厚かったことなどから、慶長10年(1605)、片野より現在の地へ奉遷して城の鎮護神とし、社地と社殿を寄進造営、社僧松樹院を置いて片野、高山南半分の産土神に定められた。

かくして金森氏歴代100余年間、城主の崇敬あつく度々の社殿の改築修造が行われてきた。今に残る社殿の棟木、神輿等に見る国守の紋所梅鉢はじめ金森長近公愛用の陣羽織及び刀等にもそれを伺うことができる。元禄5年(1692)、城主移封となり、徳川幕府の直轄となってからも、歴代の代官・郡代の尊崇あつく、度々社殿の修築、参詣があった。

明治以後は郷社を経て昭和に県社となり、一般に『山王さま』と親しまれ、氏子数2700戸はじめ高山市民の尊崇を集めています。

 

 

深い緑の中を進む参道は清々しくも神秘的です。

 

 

石段下の鳥居

 

 

石段を登るとスグ正面に拝殿が現れます。

 

 

拝殿はこじんまりとした独特な造りの社殿ですが、本殿はよくある木造流造りとなっています。

 

 

本殿右手に祀られている冨士神社

御祭神は木花之佐久夜毘売命で金刀比羅神社(祭神 大物主命・崇徳天皇)・恵比須神社(祭神 八重事代主神)を合祀して祀られています。(旧日枝神社本殿を移築、市・重要文化財)

 

 

冨士神社に隣接して祀られている祖霊社

 

 

拝殿左手に祀られている稲荷社天満宮

 

 

 

御神木

この大杉は大山咋神の使いであると感じたことから、日枝神社を勧誘したと言い伝えられているそうです。

 

日枝神社の大杉は天然記念物です。

 

 

御旅所

高山の市街地にあり、高山陣屋前にあります。

2015年7月25日は夏越し大払いで御旅所前では獅子舞などが執り行われていました。

 

 

 

【御朱印】

御朱印はこの夏越し大払いの御旅所で拝受いたしました。

書置き対応で、初穂料は300円。神社境内での拝受は不明です。

 

 

飛騨山王宮・日枝神社

御鎮座・岐阜県高山市 城山156

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