【岐阜県】飛騨天満宮

社格・旧郷社

御鎮座・ 岐阜県高山市天満町2丁目30

御祭神・菅原道真公(すがわらみちざねこう)

2002年(平成14年)、菅原道真没後1100年を記念して太宰府天満宮より、京都から太宰府天満宮まで飛んでいったという伝説の「飛び梅」の子孫である「肥後駒止」「太宰大弐」という紅梅と白梅が神納された。

例祭4月14.15日

 

《御由緒》

社伝によると、903年(延喜3年)、飛騨権掾菅原兼茂が父親の菅原道真が大宰府で亡くなったことを聞き、祠を建て、自らの手で彫った木像を祀ったのが始まりという。

923年(延長元年)、菅原兼茂が都に帰るとき、この木像を村民に託したという。菅原兼茂は道真の三男で、901年(昌泰4年)の昌泰の変により、他の兄弟と同様に左遷され、飛騨国権掾になっている。

やがて荒廃したが、天正年間に松倉城城主三木自綱により再興される。1645年(正保2年)には、高山城城主金森重頼が社殿を再建する。

 

2002年(平成14年)、菅原道真没後1100年を記念して太宰府天満宮より、京都から太宰府天満宮まで飛んでいったという伝説の「飛び梅」の子孫である「肥後駒止」「太宰大弐」という紅梅と白梅が神納された。

 

 

この日の来訪は早朝だった事もあり、境内には参拝者・神社関係者の姿はなく、参拝だけさせていただいたので、詳細など聞くことはできませんでした。

 

下の画像は神牛、撫で牛と神輿庫と思われる社殿です。

 

 

下の画像は神楽殿かと思ったのですが、表記には絵馬殿となっていたかと思います。

 

 

神門

 

 

こちらの神門は拝所の役割も兼ねていて、社殿の周りは透き塀で囲まれている格好になります。

 

 

 

【拝殿】

 

 

比較的街の中心に近いところに鎮座している飛騨天満宮ですが、こじんまりとしていて気持ちがいい神社でした。

御朱印は早朝参拝の為、拝受することは出来ませんでした。

 

画像の御朱印はフリー素材から拝借してまいりました。

 

 

飛騨天満宮

 

所在地・ 岐阜県高山市天満町2丁目30

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