【神奈川県】 本牧神社

社格・旧村社

御鎮座・横浜市中区本牧和田19

御祭神

大日靈女貴命(おおひるめむちのみこと)

大日靈女貴命は日本書記に天照大御神の別名として大日靈女貴神(おおひるめむちのかみ)として御名が記されていますが、当神社に於いては古くより大日靈女貴命様の御名で手厚くお祭りされています。 

 

【御由緒】

旧称・本牧十二天社は、本牧岬に張り出した出島に鎮座・祀られていました。

巨木に囲まれ、波打ち際に鎮座する風句明媚な様は江戸名所圖絵にも「本牧塙 十二天社」として描かれ、江戸湾を往来する廻船からは航海安全の神、地元民からは生業の守護神と崇められ、八百年以上の永きに亘り本牧の地に鎮座して人々のあつい信仰を受け続けてきたお社です。

 

また、鎌倉将軍惟康親王より社領の寄進を受け、さらに室町中期には、関東管領より社領の寄進を受けました。天正年間には徳川家康公の関東入国に際し、高十二石免御朱印の下知があり、以来、徳川十五代将軍より「御代々頂戴」云々とあり、方除け、厄除けにご神徳が顕然として、武家や庶民から篤く崇敬されていた様子が判ります。

 

また、別当寺であった多聞院の由緒書によると『弘長三年(1263年)正月元朝、滄波洋々たる海中に炫爛として皎明を発し、一の大日靈女命(天照大御神)の像、今の社地の海岸に漂い給いしを郷人恭しく祠宇を建て、本村の総鎮守と奉斎したり。去るほどにいつの頃か僧侶の手により本地垂迹の説を継いで仏説十二天(日天、月天、火天、水天、風天、地天、梵天、毘沙門天、大日財天、閻魔天、帝釈天、羅刹天の十二神)を神前に祀り、本体大日靈女命を深く秘したり(今に古老は当の本体は本殿の背後より拝するものとする風あり)』とも記されており、十二天社の呼称のいわれを伝えています。

 

一尺二寸の十二体の天像は、明治初年の神仏分離令によって分けられ、本体の大日靈女命を祀って「本牧神社」と改称されました。先の大戦において、横浜は大空襲の惨禍により市街の多くが焼け野原となりました。更にこの本牧地区は、終戦直後の昭和21年から、二十三万坪に及ぶ進駐軍の強制接収に遭い、以来、平成5年までの47年間、当神社も往古の境内地を失って本牧町二丁目への仮遷座を余儀なくされました。

 

 

米軍の接収が解除とともに、返還地域一帯は横浜市による区画整理事業が行われ、その結果、当神社の境内地は従前の「本牧十二天」ではなく、現在の「本牧和田」に換地されることとなり現在に至っています。  (本牧神社・由緒書きより)

 

 

【拝殿】

 

 

 

【御本殿】

 

 

【境内社】

画像左は「宇氣の稲荷」、天慶5年には正一位の神階を賜った由緒正しい稲荷神社です。

画像右は本牧天神と本牧水天宮が祀られています。

 

 

 

熊野速玉社

 

御祭神は熊野速玉大神(くまのはやたまのおおかみ)・熊野夫須美大神(くまのむすびのおおかみ)を奉祀しています。 同社に隣り合わせて榎木の樹がそびえ、榎木は「縁の木」につながることから、木の周りを左回りに三度回れば良縁に恵まれ、逆さに三度回ると悪縁を断ち切り、さらに新たな良縁に恵まれると云われて崇敬を集めています。

 

 

【御朱印】

御朱印は拝殿向かって左の社務所で拝受することができます。

初穂料300円

 

 

本牧神社アクセス

所在地 横浜市中区本牧和田19

URL http://www.honmoku.or.jp/access/index.html