【神奈川県】 相模國三之宮 比々多神社 

社格 旧郷社

鎮座地 神奈川県伊勢原市三ノ宮1472

豊斟渟尊(とよくむぬのみこと)
天明玉命(あめのあかるたまのみこと) 
稚日女尊(わかひるめのみこと) 
日本武尊(やまとたけるのみこと) 
相殿
大酒解神(大山祇神)

 

 

比々多神社は『延喜式神名帳』では相模国の延喜式内社十三社の内の一社に名を連ねるお社で、大磯町国府本郷で行われる国府祭に参加する相模五社の一社で相模国三宮に当たります。所在地名の「三ノ宮」は当社にちなむ。旧社格は郷社で、現在では神奈川県神社庁による献幣使参向神社となっています。

 

 

【御由緒】

「社伝記」によりますと、天保5年・1834年に御鎮座、初代神武天皇6年(紀元前655年)の頃、人々が古くから祭祀の行われていた当地を最上の地と選び神を祀る社を建立し、相模国の霊峰大山を神体山として豊斟渟尊を日本国霊として祀ったことにはじまるといわれています。

10代崇神天皇7年には、神地「神戸」を賜り、第36代孝徳天皇・大化元年(645)、現在相殿に祀られている大酒解神・小酒解神二柱が合祀の折に、「鶉甕」(うずらみか)と称される須恵器(すえき)が奉納されたといいます。次いで、第41代持統天皇朱鳥6年(692)、相模国の国司・布施朝臣色布知(ふせのあそんしこふち)によって社殿の改修が行われ、木彫り狛犬一対が奉納されました。

天平15年(743)、竹内宿祢(たけしうちのすくね)の後裔・紀朝臣益麿(きのあそんますまろ)を初代宮司に迎え、同時に第45代聖武天皇より荘園を賜りました。

時代は流れ、第53代淳和天皇・天長9年(832)、国司・橘朝臣峯嗣(たちばなのあそんみねつぐ)を勅使として当国総社「冠大明神」の神号を天皇より賜りました。この神号は、『吾妻鏡』建久3年(119289日条にもみえます。

 

すなわち、征夷大将軍源頼朝公が妻政子の実朝出産に際し、その安産祈願のため相模国の社寺に神馬を奉納されたとう記事の中に、当社が「三宮冠大明神」の名を以て列記され現在に至っています。

(由緒書きより転用)

 

【拝殿】

 

 

【御本殿】

 

 

【境内社】

本殿横から裏手にかけて祀られ鎮まっています。また、本殿横の少し離れた場所には、十二支の石像も安置されています。

 

 

【梵鐘】

 

境内の隅には梵鐘が残っているのですが、これには少々曰くがあり、それは染屋太郎大夫時忠を祀ったと言う銘文入りの梵鐘が吊られていましたが、太平洋戦争の最中、金属資源回収の戦時供出により失われました。しかし関係者の篤い思いから昭和25年(1950年)に複製・作製されました。

 

 

【御神木】

 

 

【御朱印】

御朱印は境内右にある授与所fで拝受することができます。

初穂料は300円

また、御朱印待ちには、裏の待合室に通されお茶を出してくれる時もあります。

 

 

 

【御朱印帳】

凡庸ですが、数種の御朱印帳が用意されています。

初穂料は神社にお問い合わせください。

 

 

 

比々多神社アクセス

最寄駅 小田急線 伊勢原駅よりバス利用

所在地 神奈川県伊勢原市三ノ宮1472

URL http://hibita.jp/access/